さりとは彼の暁るべき由無けれど、何の廉もあらむに足近く訪はるるを心憂く思ふ余に、一度ならず満枝に向ひて言ひし事もありけれど、見舞といふを陽にして訪ひ来るなれば、理として好意を拒絶すべきにあらず。さは謂へ、こは情の掛※と知れば、又甘んじて受くべきにもあらず、しかのみならで、彼は素より満枝の為人を悪みて、その貌の美きを見ず、その思切なるを汲まんともせざるに、猶かつ主ある身の謬りて仇名もや立たばなど気遣はるるに就けて、貫一は彼の入来るに会へば、冷き汗の湧出づるとともに、創所の遽に疼き立ちて、唯異くも己なる者の全く痺らさるるに似たるを、吾ながら心弱しと尤むれども効無かりけり。実に彼は日頃この煩を逃れん為に、努めてこの敵を避けてぞ過せし。今彼の身は第二医院の一室に密封せられて、しかも隠るる所無きベッドの上に横はれれば、宛然爼板に上れる魚の如く、空く他の為すに委するのみなる仕合を、掻※らんとばかりに悶ゆるなり。 かかる苦き枕頭に彼は又驚くべき事実を見出しつつ、飜へつて己を顧れば、測らざる累の既に逮べる迷惑は、その藁蒲団の内に針の包れたる心地して、今なほ彼の病むと謂はば、恐くは外に三分を患ひて、内に却つて七分を憂ふるにあらざらんや。貫一もそれをこそ懸念せしが、果して鰐淵は彼と満枝との間を疑ひ初めき。彼は又鰐淵の疑へるに由りて、その人と満枝との間をも略推し得たるなり。
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